政府レベルの機密といえども「映像流出」秘密保持の難しさ

YouTubeなどのインターネット環境の高度な発達は、従来は容易とされてきた「政府レベルの機密保持」や「警察などの司法機関の秘密保持」を困難なものとしている。
「CIA」や「MI6」と肩を並べられる機密保持レベルを日本の政府機関・行政機関が保有できるかどうか。
2010年9月7日に起きた「尖閣諸島中国漁船衝突事件」に関する日本政府の「機密映像」が流出した事件は記憶に新しい事件である。
尖閣諸島付近において、中国漁船に対する取り締まりを実施した海上保安庁の「映像の流出」である。
当時の菅直人政権は、海上保安庁と中国漁船の「衝突映像」は、日本政府中枢レベルと国会議員のみしか視聴できない扱いとしていたにも関わらず、海上保安官(海の警察官)によって、この「衝突映像」が流出したのである。
事件の経緯については、次のような時系列で進行した。
9月7日、尖閣諸島付近を巡回していた巡視船「みずき」が、中国籍の不審船を追跡していたところ、中国籍の不審船は逃走時に巡視船「よなくに」と「みずき」2隻に衝突させた。
海上保安庁は中国籍漁船の船長を「公務執行妨害」の現行犯で逮捕した。
中国人船長に関しては国内法に基づいて訴追への司法手続きの方針が固まり19日に勾留延長が決定された。
この直後から、中国側はこれに反発し日本に対して様々な報復措置を実施して、日本政府に圧力を加えていく。
9月24日、那覇地方検察庁の担当検事は「中国人船長の行為に計画性が認められないとし、また日中関係を考慮して、中国人船長を処分保留で釈放する」発表した。
この決定については仙谷由人内閣官房長官も容認したと報道されている。
11月1日、中国への外交的配慮から非公開とされてきた漁船衝突時の「衝突ビデオ」が、衆参予算委員会所属の一部の国会議員に対してのみ限定公開された。
しかし、3日後の11月4日にハンドルネーム「sengoku38」こと一色正春氏によって漁船衝突時に現場の海上保安官が撮影していた動画がYouTube上に流出した。
この映像の流出は、最高機密レベルにある「警察機関が扱う映像」が流出した事件として、政府レベルに大きな衝撃を与えた。
この事件の衝撃は、安倍晋三内閣における2014年「特定秘密の保護に関する法律」へとつながっていく。
この法律の成立によって、日本政府レベルの「秘密保持」の体制が整備されたかのように思われた。
ところが、再び政府レベルの「機密映像」流出のリスクが高まる事態が起きる。
2018年に日韓の間で起きた「韓国海軍レーダー照射問題」である。
これは、2018年12月20日、日本海能登半島沖において韓国海軍駆逐艦「広開土大王」が、海上自衛隊のP-1哨戒機に対して火器管制レーダーを照射した事件である。
日本政府が「哨戒機に対するレーダー照射があった」と主張する一方で、韓国政府は「哨戒機を追跡する目的ではない」「北朝鮮の遭難船のためにレーダーを稼働したのを日本側が誤解した」などと主張し、「レーダー照射はしていない」と主張するなど、日韓はお互いに主張が対立していた。
防衛省は当初「証拠」としての映像の公開には積極的ではなかったとされている。
そんな中で、安倍晋三内閣は、「レーダー照射映像」の公開を決断した。
安倍晋三首相が「映像公開」へと強硬に踏み切った背景には、さきにあげた2010年の尖閣諸島沖における中国漁船衝突事件における日本政府の対応の失敗を示した菅直人政権の教訓も背景にあるとされている。
「警察機関である海上保安庁が管理していた映像」を菅直人内閣は非公開としたため、現場レベルの海上保安官が、インターネット動画サイト「YouTube」に流出させる事態が起きてしまったのだ。
日本政府の関係者は、「レーダー照射映像」公開を決断した安倍晋三首相が少なからず抱いていた不安について「あとで映像が流出する可能性が高いため、公開しようと指示したのだろう」と解説する。
『映像を非公開にしたところで、「尖閣ビデオ」の時は、あとで警察関係者によって映像を流出させられてしまった。』。
今回の日韓の間で起きた「レーダー照射映像」についても、たとえ非公開として決定したとしても、現場レベルの自衛官が「映像を流出させる」のではないかという不安が、日本政府にはあった。
「本当は公開したくなかった映像」の公開を、「流出」のおそれから決断したと考えられている。
韓国国防省は公開された自衛隊映像について、レーダー照射が実際にあったという「客観的な証拠」にはならないと反論している。
首相官邸の幹部は、「レーダー照射映像」を見てもらって、「どちらが正義か悪か」について「国際世論に判断してもらえばいい」という姿勢だ。
インターネットによって「政府レベルの機密映像」や「警察機関が管理する映像」まで流出する事態が続出している。
「特定秘密の保護に関する法律」は、確かに成立している。
しかし、今後どのようにして「政府機密」や「国家機密」を保持していくかという課題に、現在の日本は直面している。
尖閣近海において「中国海警」と「海上保安庁」の攻防が激しさを増し、アメリカ主導の中国包囲網形成など緊迫化しつつある情勢下、
日本の「ファイブアイズ」加盟への歓迎の声が、英米からあがり始めている。
「CIA」や「MI6」と肩を並べられる機密保持レベルを日本の政府機関・行政機関が保有できるかどうか。
安全保障を考える上でも、「機密保持」について、真剣に考えなければいけない時期に日本は、さしかかっている。

(参考)
・日本経済新聞「尖閣衝突ビデオ、ユーチューブに流出か 海保が調査」2010年11月5日
・日刊工業新聞「渋る防衛省、首相が押し切る 韓国レーダー照射映像公開」2018年12月29日
・朝日新聞「尖閣ビデオ流出、有識者委「公務員としての意識不十分」2011年5月24日